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2004.02.26

ガウディに逢える街

【過去のTB元】 [最近読んだ本003:ガウディ GAトラベラー (008)] 
 
 自分なりに書くことをいろいろ用意しているつもりではあるが、他所様のブログを徘徊していると何だか別に書きたいことを思い付いたりする。大抵、大した話ではないのだが、個人的に長文化著しい昨今、コメント欄には鬱陶しいかなと思うことが多いので、自分のエントリーで書くことになる。おかげで、どんどん話が溜まって古くなっていったりするのだが。
 
 さて、そんな話を尻目に、懲りずにトラックバック。「自分史上もっとも偉大なアルバムベスト50」というネタでお世話になったbassmanさんによるガウディの写真集の書評が元エントリー。
 
 自分の親の世代はエンジニアと言えば重厚長大系。どうやら親戚を眺めていると理系家系のようなのだが、時代的に圧倒的に土木・建築系が花形。進路選択の時に「土木はいいぞ」等々リコメンドいただいたのだが、親の通った道など歩むかい!という性格なので、今ではしがない機械屋さん。でも、建築の世界には漠然とした憧れがあったりもする。専門知識など無いので、超有名どころの建築家しか知らなかったりするわけだが、その内の一人がガウディ。
 
 ガウディとの出会いといえば、小学生の頃のサントリーのテレビCM。古く開高健等の名を挙げるまでも無く、サントリーの広告というのはセンスの良さと金をかけていることで有名なのだが、小学生の頃も全盛期。ビールのペンギンとか話題になったねぇ......とノスタルジーに浸るのは後にして、イメージ広告のシリーズが当時あっていて、昔の有名な芸術家達と映像を組み合わせたシリーズをCMで放映していた。第一弾が詩人のランボー、次がガウディ、その後が作曲家のマーラーだったかな。マーラーの回で使った「大地の唄」の人気が出たりしていたので、それなりに話題になっていたのだと思う。
 
 何故そんなに覚えているか?最初の2回がなかなかシュールな映像で、結構子供心にインパクトがあったからだろうか。ランボーの回は砂漠を背景に旅下芸人の一座をアップ、ガウディの回では彼の建築からイメージされたのだろう百目みたいな感じのお化け達が建築の間にヒョコヒョコ現れる感じ。小学生の頃、家に強盗が入ったことがあって、居直りでお袋が縛りあげられて監禁された所へ弟が帰宅。警察が押し寄せた頃には、気付いた犯人は裏から逃走した後だったのだが、取調べやら何やらで夜まで大騒ぎになった。親も取調べで長い間警察署へ行っている上、家は指紋の採取等々で中に入れない。仕方なく隣の老夫婦の家に夜遅くまでお世話になったりしたのだが、そんな不安な状態でテレビを見ていると、初めて目にしたのが件のガウディのCMだったので、何か強烈なインパクトがあったのだ。
 
 その頃はまだ「なるほど・ザ・ワールド」「世界まるごとハウマッチ」みたいな番組の人気で分かる通り、今に比べれば日本からの世界はまだ遠かった。スペインという国も遠いイメージの世界の中にあり、図書館でガウディの写真集を借りて眺めているしかなかったので、将来、実物を眺めてやろうと思ったりして。今やこうしてアメリカなんぞで暮らしているので世界は近くなったのだろうし、自分でも昔だったら想像もできなかったなぁ、と感慨にふけってしまう。
 
 学校を卒業する頃から海外旅行に行くようになってきて、社会人になってから数年経った夏に、とうとうスペインに出かけることになった。当然、ガウディの作品めぐりをしてきたのだが、ガウディの他による建造物が点在するバルセロナはかなりお気に召した街でもある。マドリッドに行けばさらに有名な美術品が眺められたりもするのだが、もっと治安が悪い感じもあって、旅行時の天気の印象も手伝って何だか影があるような印象だった。バルセロナはオリンピック時に開発された小奇麗な新しい部分とガウディに代表されるような古い部分がマッチした、いい感じの街だった。生まれ育ちのおかげで、個人的にノッペリした平らな街が嫌いなので、街を見下ろす山があるというのも良かったし。
 
 と、まぁいろいろ思い出しつつ、当時撮ったガウディの建物の写真でもアップできればいいのだろうが、残念ながら日本に置いて来てしまったのでネットで少し調べてみた。
 
 画像資料が最も充実しているのはココかな。英語サイト(スペイン語のサイトもあったけれど、さすがにね)。

  参照サイト: Gaudí Central
 
 ざっと見た感じ、日本語サイトで写真がいい感じなのは、ココ。

  参照サイト: ガウディ・ファン倶楽部
 
 後はココかな。食い合わせがすごいですが。
 
  参照サイト: アンのカナダとガウディのスペイン
  
 ちょっと面白いのがココ。画像は少ないが、建築物の3Dモデルが眺められる様子。ただし、ソフトをダウンロードしなければならないようなので、自分は未トライ。

  参照サイト: Great Buildings On Line

 
 スペインに行って実物を見るならば、お勧めなのはこの辺りになる気がします。
 
 
1. サグラダ・ファミリア教会
 
 言わずもがな。バルセロナに行けば、誰もが見るのでは。意外と表や裏側で印象も変わる。ガウディの外面の装飾は他の作家達との共同作業でもあるので、そういったことがあるようだ。確か、漫画の「ギャラリー・フェイク」にもその話題を扱った回があった気がする。
 
2. グエル別邸
 
 街の中心から離れていて、わざわざ見に行く観光客も少ない様子。中に入れないが、門のドラゴンズ・ゲートが格好良すぎ。
 
3. グエル公園
  
 サグラダ・ファミリアの次に有名なのでは。特に階段のトカゲのオブジェ等々も有名。ここも結構歩くので、真夏の日差しで日射病になりかけた思い出が。
 
4. カサ・ミラ 
 
 ここは観光客用に公開されていて博物館等も併設されているので、街をぶらつきながら見に行くのが楽しかった。
 
5. カサ・バトリョ 
 
 カサ・ミラと並ぶガウディの代表作ながら、外から見るだけ。図面で見ると、内部の何とも言えない形の部屋区切りや廊下の形が面白いので残念。
 
6. グエル邸
 
 旧市街の中心の方にある、初期の名作。ここも一般公開されていないのだが、特に屋上の煙突等の造形が面白い。実は、向かいに老舗のホテルがあって、何だか運良く真正面の最上階が取れてしまったので、安ワインをあおりながらベランダより鑑賞できた。ということで、写真集等で興味のある方は向かいのホテルにトライすることをお勧め。しっかりいい部屋が取れるのだか、自信が無いですが。
 
 
 
【過去のコメント】
 
[502store] [2004/02/25 21:44] [ MyDoblog ]
はじめまして。502storeの502です。
アントニオ・ガウディ…502も幼い頃に「未だ完成をしない教会」サグラダ・ファミリアを見て、感動した覚えがあります。当時は「お金がなくて施工が頓挫した」と思っていましたが、ありゃ「寄付で建てるもの」だから今でもその寄付で施工が進んでいると知り、我ながらアホうだなぁ、と思いました。笑
大学でも勉強したことがありますが、講議のスライドで見たパルク・グエルの手張りタイルが生でみてみたい502です。
ああ、いつかいつか…の502でした。
 
[blue&gold02] [2004/02/26 11:58] [ MyDoblog ]
こちらこそ、はじめまして。
実物には実物ならではの感激がありました。バルセロナはいいところでしたので、是非、機会があったらどうぞ。建築関係を勉強されたのならば、尚更おもしろい見物かもしれませんね。

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2004.02.25

「儀礼的無関心」に関するエントリーを読んで思ったこと

【過去のTB元】 [■ コラム:ハッカーズリバタリアニズムとBLOG精神と儀礼的無関心とDOBLOG的共同体主義] 
 
 
※このエントリーは、当時、Doblogユーザーの立場で書いたものです。
 
 
 他人に比べて自分の見識や考えの浅さが明確になってしまうので、流行のトピックについて書くことを避けることが多い。が、リンク先をたどって行くと、なかなか考えさせられる読み物だったので、自分内メモも兼ねて感想を書き記しておこうと思う。
 
 トラックバック元は、はてな方面でここ数ヶ月話題だった「儀礼的無関心」にからんで黒メガネさんが書かれたエントリー。この「儀礼的無関心」という話についてリンク先をたどって行くと、大まかに以下のような時系列の模様。
 
 
recent events@TRiCK FiSH 「ネットでの儀礼的無関心の可能性」
 
 最初に言葉が登場したエントリー。有名サイトにリンクされる事で、それまでひっそりと運営を続けていたサイトへ大量の読者が流入、小規模な読者で成り立っていたコミュニティが破壊されて閉鎖に追い込まれるような事例を挙げて、よって「儀礼的無関心が必要では?」と述べていた。これを受けて、複数の人がその是非を取り上げた模様。
 
 
ARTIFACT 「ネット教習所をシステムとして作る-儀礼的無関心について-」

 ところが、どうやら先の著者の方が、サイトの運営者の視点というよりも、サイトの読者の立場で書いていたのではないかということで、それならば話が違うと再度論争再燃。乱暴なまとめ方をすると、本来の「儀礼的無関心」とは「ウォッチャー(密かにあるサイトを観察する読者)として楽しんでいたサイトが、ある有名サイトのリンクによって晒されて閉鎖に追い込まれた。もっと空気を読んで、他のウォッチャー達の権利を奪わないように振舞うべきでは?」といった内容。そのような「儀礼的無関心」という意味ならば推奨できないということで、再度議論に火がついた。
 
 
羊堂本舗 「ちょき - 儀礼的無関心反応リンク集」

 以上を含めた関係する記事・コメント等の総集編。Doblog内のエントリーもカバーされており、ほとんど全てが網羅されている様子。凄いですね。
 
 
 自分が興味深く感じたのは、2点。まず、最初の理解による「儀礼的無関心(=リンクフリーと言いつつもリンクには配慮が必要)」の是非となると、恐らく結論は出ないのだろうなという感想。ネット上の関係というのは自由度の高さをベースにしているため、実世界に比べると対人関係も希薄になりがちとされる。しかし、運営や著作を行っている人間の存在というのは本質的に排除できなく、最終的に人間対人間という要素を無視するわけにはいかない。
 
 社会人の職場の悩みNo.1は「人間関係」。従うべき社会上の通念やコモンセンスという存在がある一方で、杓子定規に判断できず相手の感情を量ってケース・バイ・ケースにやって行かなければならない部分がある。だからこそ悩みも尽きないわけだが、ネット上でも相手サイトへ悪影響を及ぼすのであれば、情緒的な部分として大原則(例:リンクフリー)で割り切れない場合が出て来る筈。相手(のサイト)のことを想定する配慮というのは対人関係の一局面なので、それは実社会での人付き合いにおける悩みに通ずる部分。そうした辺りが、この話題の人を引き付け個人の経験をバックグランドに議論を誘発した根っこのような気がした。
 
 
 2点目が、上の2番目のリンクで明快に述べられているネットに内在する「多数の人に読まれたいシステムを読まれたくない人が使う矛盾」。これについては、梅田望夫・英語で読むITトレンド「Blogを書くことの心理的負担とそれを上回る魅力」の中でも、
 
 エネルギーを吸い取る源は「disparate audiences」(共通点のない本当に色々な人達)であったに違いない。
 
と書かれており、有名ブロガーですら不特定多数の読者に対峙する中、疲弊して休筆することがあるといった事例が紹介されている。そのような有名サイトの運営者とアクセス数が数十~数百のDoblogの状況を比べるのも少し気恥ずかしいが、まだブログ開始後数ヶ月のユーザーのみで構成されるDoblogでは、これから問題として現れて来る部分ではないのかなと思わされる。
 
 Doblogの特徴として「気さくなやり取りができるアットホームな雰囲気のコミュニティ形成」がよく挙がるが、今後、アクセス数が全体的に底上げされて行くと、どう変って行くか分からない部分がある。トラックバック元で述べられているサーバーへの負荷といった物理的影響という点でも、「不正アクセスツールによるサーバのレスポンス低下」が既に編集部により告知されている。これについてはシステム設計上の問題で片付けられるのかもしれないが、現に初期には無かったような悪意に基づく行為が発生するようになった一例でもある。
 
 残念ながら、アクセスフリーのネット上では悪意やアウトローな感覚を持った読者が接触して来ることは避けられず、それが現在のDoblogの長所をぶち壊す可能性を否定することはできないだろう。上記2番目に挙げたリンクでは、そうした影響を防ぐ方法として、システム的に織り込むべき防護機能を挙げ、「ネット教習所」という言葉で表現している。考えてみると、個人にはアクセス解析機能も無く、不正アクセスツールの攻撃へも対策に時間を要している最中(01/14~)となると、Doblogのサービスはかなり悪意のある攻撃に対して無防備なのかなとも思ったりした。
 
 この件で、特に面白かったのは、渉雲堂別館 「読者を減らす努力」で紹介されていたant-eat-ant world 「十二月 16, 2003」。ブロガーやサイトの主催者達は、結局「コントロールできなくなるような大規模な読者が押し寄せたり、変な人達に来られても困る」と思う一方で、「共感してもらえるような人々にできるだけ来てもらって、アクセス数も上がればいいな」というアンビバレントな思いに悩むのが通常。ところが、ここでは「自分はそれほど読者を増やしたくない」ということで、現実に読者を減らす方法を実践しているのである。字を読みにくくしたり、一見さんには文脈を分かりにくくする等々、名付けて「ユーザー・アンフレンドリー」な工夫。確かに読みにくいそのサイト、ひたすら感心。ある意味、防御手段を持たないDoblogユーザーには将来的に必要になる方法論かもしれないのかなと思ったりもした。そこまで極端でないにしても。


【過去のトラックバック】

ネット上でblogを公開する、ということ。

ネットで自分の場所を”作る”ということ

 
【過去のコメント】

[☆イル] [2004/02/25 20:13] [ MyDoblog ]
面と向かい合う人間関係で起こっていることは、ネットの社会でも起きうることですね。
ユーザー・アンフレンドリーは必要になってほしくないけれど、
考えておく必要はあるかもしれません。

blue&gold02] [2004/02/25 21:47] [ MyDoblog ]
最後の「ユーザー・アンフレンドリー」なサイトには少しユーモアも感じてしまったんですよね。サイト運営に携わっている本人にとっては深刻な局面もあり得る話題でもあって、自分の行動(エントリー執筆や他のブログへのコメント)についても考えさせられる話でしたが。

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2004.02.24

検証くん 「映画のシリーズものは1作目を超えられません」

 さて、映画ネタを書いていて、映画好きには有名な質問「1作目を超える2作目以降がある映画シリーズって何?」を思い出してしまいました。何だか「超えるものは無い」という命題が正しいような気がしてきたので、実例を検証実験してみましょう。
 
ケース1 「スピード」
 最初から意図的な選択ですね。同じ監督による作品ながら、2作目はひどいです。1作目も、よ~く観てみるとリアルとは言えない雑な設定、あまり凄みの無い悪役、微妙な主役陣等々の問題ありなのですが、そんなことを気付かせない正に「スピード」展開で乗り切ってます。でも、2作目、悪役の配役に期待したんですが、酷すぎます。見られるのは最初のアクションシーンぐらい。小室ミックスのエンディング曲が映画館の冷房の寒さに追い討ちをかけてくれました。よって、True。
 
ケース2 「ゴーストバスターズ」
 文句なしに2作目は酷すぎます。「1作目のパターンを踏んでおけば、ま、皆観るでしょう」タイプの失敗作。2作目には、1作目を踏襲しつつ新たなインパクトが必要なんですよ。大きいものつながりで、適当にアレを動かせばいいって発想がまた...よって、True。
 
ケース3 「バットマン」
 2作目まで同監督、3・4作目が別監督。3・4作目ではモーホーな方に替わったおかげで、1・2作目のトラウマを引きずった陰影のあるストーリーが、どんちゃん騒ぎへ変化。情緒の欠片も無し。おまけにモービルやゴッサムシティをデザインした人が亡くなったお陰で、泣きっ面に蜂。でも、2作目に関しては、導入のための説明とハリウッド的な調整があった1作目よりも奥行きが深まったという人が結構いますね。個人的にはシンプルな展開の1作目の方が好きです。よって、Almost True。
 
ケース4 「エイリアン」
 おっと、いい所を突いてきます。2作目で1作目と全く違う方法論・ジャンルに展開した成功例として名高い作品です。これは微妙。でも、1作目のエイリアンの造形あってゆえという気がします。後は、3作目がひどい駄作。3作目の監督はMTV上がりだから、あんな勿体ぶったストーリーには合いません。4作目は意外と良作だと思うんだけど、ストーリーがシリーズのパターンを踏襲している点でインパクトが少々。以上、これは判断が難しいですね。どちらとも言えません。
 
ケース5 「インディー・ジョーンズ」
 またまたいい所を突いてくる!2作目は1作目のクリフ・ハンガーぶりをさらにパワーアップした作品として有名。確かに、冒頭とクライマックスのアクションシーンが上手過ぎ。でも、ナチスや考古学といった話を上手に練り合わせた1作目のストーリーはやっぱり凄いと思うんです。だから、難しいけれど、Almost Trueかな。ちなみに、3作目がやっぱりちょっと落ちますね。親父を出して来て笑いを引き出すアイデアはいいんですけれど。
 
ケース6 「ブルース・ブラザーズ」
 個人的に2作目の2000を悪く言う気は起こらないんですよね。SNL人脈のJ.グッドマン他、新たに参加した面子も頑張っているし。でも、J.ベルーシを欠いたのと、皆年取ったのが辛いです。J.ブラウンなんて特に。オルタナ・ブルースのミュージシャンをスパイスに入れ込めば、もっとパワーも出たのかなと、ふと思いました。ということで、True。
 
ケース7 「スターウォーズ」
 これまた難しい所を。エピソード2をまだ観ていないんですが、最初の3部作と後の3部作という括りで観れば、やはりTrueかと。もしくは、バラで観ると......ファンの間では2作目最強という声が強いんですよね。でも、当時観た人にとってはラストの衝撃が大きかったのかな、とも思うわけです。今ならば、皆、ストーリー展開知っているし。2作目の象みたいな戦車の造形がイマイチ好きじゃないけれど、ヨーダみたいな魅力的キャラ初登場の作品だしねぇ。う~ん、でもやっぱり1作目かなと、気弱にTrue。
 
ケース8 「バック・トゥー・ザ・フューチャー」
 M.J.フォックスがどんどん老けていくということで、2作目・3作目まとめ撮りなんですよね。3作目も味があっていいとは思うんですけれど、2作目がつなぎで弱いよな~。やっぱり、1作目の無駄の無い脚本が最高でしょう。よって、True。

ケース9 「フレンチコネクション」
 少し70年代までさかのぼってみましょうか。1作目、2作目とも良作として名高い刑事ものの始祖。でも、2作目が少々大味なので、1作目の方が格上。やっぱり、True。 
 
ケース10 「チャイナタウン」
 「黄昏のチャイナタウン」、見てません。でも、明らかにTrueか。←検証になってません、ま、いいか。
 
ケース11 「ダーティーハリー」
 最終的には5作目までだったかな。最後の方はキャラハン刑事も、もうヨボヨボしてます。4作目も何だか独特な感じですよね。2作目もなかなかだとは思うんですが、1作目の行き詰る攻防戦の妙は超えられないよなぁ。ということで、True。
 
ケース12 「ダイハード」
 3作目が意外と良作だと思うんですよ。唯一監督の違う2作目は面白いけれど、一番大味な気がします。予備校の教師か誰かが、「2作目最強、1作目を超えた」とかのたまわってましたが、それは無いです。1作目の脚本は、伏線の張り方や新展開、心理戦とアクションの組み合わせ等々、すごくよく出来てます。よって、True。
 
 
 結論、「命題真なり」ってところですかね。実は「何作作りゃ気が済むんだ」って感じのホラー作品が除外されています。あの辺りには反例が幾つか見つかりそうな感じ。

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2004.02.23

我が家の食卓にまつわる雑感とクエスチョ~ン

【過去のTB元】 [三角食べ] 
 
 
 Tweetyさんの「何から先に食べるか」へのNewellさんのトラックバックへトラックバックです。TBにおけるカリフォルニアン・コネクションです。
 
 さて、お題の話「食事の順番」にコメントを付けようと思ったのですが、いろいろ何か心に疑問が生じてきたので、雑感をズラズラと。どうでもいいんですが、そう言えば、20年くらい昔にTVで食事の順番を当てるクイズ番組があったような気がします。汁物、料理等々、どの順番で食べるか当てるみたいな、今考えるとくだらない奴。誰か詳しく覚えてないかな?

 さて、子供の頃、我が家の家訓は「弱肉強食、早い者勝ち」だったので、大皿料理は一気に攻撃しないと勝負に負けでした。ということで、未だに一点集中型から抜け出せませんね。自分の場合、
 
 (付きだし →) メイン → 煮物系 → ご飯完了 → サラダ → 汁物
 
です。現在、まず汁物が冷えるので怒られます。次には食べ方が「ガキっぽい」とクレームをつけられます。でも、ふと思うんですよね、学校で教える「△食べ」の理論的根拠って何?
 
 恐らく「好きなものだけ食べてお腹いっぱい→残す、はダメですよ」ってことなんだろうけれど、自分の場合、基本的に大食い&好き嫌いなしなもので、一点集中攻撃で必ず全ての砦が陥落します。文句言われる筋合いはないと思うんですが。第一、フランス料理等を考えれば、一点集中の方が通常モードじゃないですか!味を混ざらせない方がグルメなんじゃないですかという思い付きもチラリ。
 
 夫婦どうしって、結構、違った家庭のバックグラウンドが食卓でぶつかり合うんですよね。Tweetyさんは「好きなものを後に取っておいて、他人にさらわれる」経験について書かれていますが、僕は結構後者側のジャイアン・タイプのようです。基本的に「食べ物を残す」ということが好きじゃない方なので、何か残りそうな場合(女性には食べ切れない場合も多いので)、結構かっさらって行って文句を言われます。口で聞くようにはしてますが、取り分ける場合とか、余りに長い時間残っていると「あぁ、もう食べないんだな、あの皿片付けないと」って気になってしまうんですよね。う~ん、貧乏性なのかな...
 
 ちなみに、小学生の頃、「好きなものを先に食べるか後に食べるか」という議論で、
 
 「でも、今、大地震が起こって逃げ出さなきゃならなくなったら、その残しておいた好物食べられなくなるんだぜ」
 
という意見が最強だった気がします。誰も反論できないというか。「アタシは持って逃げる!」とか言う人もいそうですが。
 
 後、もう一つ気になるのが、「汁物最後」に関した部分。僕は食事中に水分補給をあんまりしない方なので、我が家で食卓の準備をする際に「何で飲み物を持って行かないのよ!」と怒られます。そこで、小さい頃、家では食後に飲み物を飲んだりするけれど、食事中には食卓にコップは無かったよなぁと思い起こします。これに関しては、「レストランに行けば、普通、ドリンクをオーダーするでしょ」という、さっきのフランス料理の意趣返しが待ち構えているわけですが。
 
 かなり前にどこかで、「最近の世代は食事中に飲料補給するようになったため、唾液の分泌が減って胃腸の消化能力への負担が増加した」といった研究報告を読んだ気がするのですが、記憶違いかな?日本の家庭の場合、古くは食後にお茶、夏ならば食前に麦茶・ビール、でも食事中はお味噌汁だけってイメージがあるんですけれど、「サザエさん」で丸いちゃぶ台の上にコップがあったっけ?「巨人の星」で一徹がひっくり返すちゃぶ台の上にはビール用以外のコップがあったかな?等々。
 
 とまぁ、いろいろ考えてしまいました。
 
 
 
【過去のトラックバック】

今明かされる、一点集中型の理由


【過去のコメント】

[Newell] [2004/02/22 04:06] [ MyDoblog ]
食事の順番を当てるクイズ番組。かすかに記憶があります。確か、食べる人は芸能人だったと思います。
それと、B&GさんのBlogを読んでいるうちに、自分の食事の順番が何に基づいているのか気が付きました。これは後ほどトラックバックとして私のBlogで書かせていただきます。

[myu] [2004/02/22 04:12] [ MyDoblog ]
こんばんは。
・食事の順番を当てるクイズ番組があったような。・
萩本欽ちゃんがメインの番組でやってたような気がします。

[MediHen] [2004/02/22 10:28] [ MyDoblog ]
私も順番に食べていくほうだったのですが、
やはり「食べ方が幼い」と女房に矯正されてしまいました。
でも、いまだに汁物は最後です。これだけは直らない。
満遍なく食べる、というのは、「お膳」という形態から
来ているのかなぁ、と思っております。
 
 
[blue&gold02] [2004/02/22 10:48] [ MyDoblog ]
Newellさん>
後ほど、読みにうかがいます。子供心に何故か好きだったんですけど、マイナーっぽい番組だった気がするんですよ。

myuさん>
こんばんは。コメントありがとうございます。似たような番組が幾つかあった気がするんですが、頭に浮かんだのは何かもう少しマイナーな芸能人が出てきてたような感じです。記憶も定かでありませんが。
 
MediHenさん>
矯正されましたか(w。自分と同じく、汁物最後という人に出会ったのが初めてな気がします。猫舌というのも一つの原因なんだろうな、と今気付きました。
 
 
[boo] [2004/02/22 12:20] [ MyDoblog ]
ウチはあんまり気にしたことはありませんでしたが
好きなものに関しては
・夫→先に食べる
・私→後にとっておく
・・・というタイプなので、「なんだキライなのかぁ?」ってオットに食べられちゃったことが何度か(笑)。
お味噌汁は最初に飲んで、中間でおかわりして最後にしめる
・・・といったかんじです。
 
[blue&gold02] [2004/02/23 01:35] [ MyDoblog ]
夫強奪はウチと同じですね。味噌汁は、それが多分ノーマルなんだと思います。

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2004.02.21

日本の音楽産業の将来展望

【過去のTB元】 [音楽の輸入権に絡む著作権法改正について]
 
 
 普段、くだらない内容でお茶を濁している本ブログですが、たまには真面目な内容も書いてみようと思います。ということで、CKさんのブログ記事にトラックバックさせていただきました。元エントリーは、「輸入盤の還流防止に関する著作権法改正」について、現在の日本の音楽産業を取り巻く状況も含めて簡潔にまとまった内容です。
 
 この件は、音楽のデジタル化と流通構造・消費者嗜好の多様化という構造的な変化について行けない業界が上げた断末魔の叫びといったもので、勉強も見識も不足した横槍を通そうとしたため、当然の如く批判が雨あられと殺到した話ですね。CKさんを含めネット上でも知識と見識の素晴らしい方々があちこちで書かれているので、今さら書くようなこともないとは思ったのですが、一音楽好きとして少し内容を整理しておこうというのが、これを書く動機です。冗長で目新しい切り口が無いところはご容赦を。
 
 
1. 現状の再確認
 
 CKさんの元記事にもある通り、諸報道によって「CD等々の旧来メディアの売り上げが下降線、その分が携帯電話の使用料金へ流れている」ということがよく言われています。試しにデータを再確認してみましょう。まず(社)日本レコード協会発表のデータより年間生産実績【単位:千枚】でこんな感じ。
 
1998年 邦: 386,388 (前年比:101%) 洋: 93,788 (前年比: 94%)
1999年 邦: 361,241 (前年比: 93%) 洋: 83,110 (前年比: 89%)
2000年 邦: 352,875 (前年比: 98%) 洋: 80,265 (前年比: 97%)
2001年 邦: 306,546 (前年比: 87%) 洋: 78,537 (前年比: 98%)
2002年 邦: 263,968 (前年比: 86%) 洋: 78,379 (前年比:100%)

  
 確かに市場の縮小傾向は顕著ながら、邦楽・洋楽の比較をしてみると、明らかに邦楽側での売り上げの落ち方が深刻。これは売り上げ金額ではなく生産数量のデータだから、廉価なブーメラン輸入盤の影響というよりも需要自体の縮小が大きく影響を及ぼしていることが明らかになって来ます。
 
 さらに邦楽の方のシングル・アルバム生産数量の内訳を見てみましょう。
 
1998年 アルバム: 210,669 (前年比:110%) シングル: 153,216 (前年比: 92%)
1999年 アルバム: 195,751 (前年比: 93%) シングル: 145,429 (前年比: 95%)
2000年 アルバム: 197,685 (前年比:101%) シングル: 136,492 (前年比: 94%)
2001年 アルバム: 182,777 (前年比: 92%) シングル: 107,582 (前年比: 79%)
2002年 アルバム: 169,303 (前年比: 93%) シングル: 81.172 (前年比: 76%)
 
 
 日本は欧米に比べるとシングル偏重の市場構造が特徴的で、近年のマキシ・シングルの浸透が図らずも明らかにした通り、従来の12cmシングルというほぼ日本独自の規格がそれを象徴していました。欧米のレコード会社・購買客があくまでもアルバムをメインの商品と見なすのに対し、日本ではアルバム=ヒットしたシングル曲のコンピレーション盤といった性格が強かったわけです。しかし、このデータを見ると、ここ最近の売り上げ不振は特にシングル盤の不振によっていることが見て取れます。
 
(※ちなみに、この日本レコード協会さま、「私的使用以外の目的で複製することはできません」「当サイトへリンクをされる場合はメールにてご一報ください」とのこと。したがって、その他の参照元については後日リンクを貼る予定ながら、ここだけは将来的にもリンク無し。興味がある方はググってみてください。)
 
 
 同時に、雑誌・漫画・ゲームの全てにおいても、売り上げの不振が伝えられています。ここでは代表して、書籍と雑誌の推定販売額【億円】を眺めてみますか。
 
1998年 書籍: 10,100 (前年比: 94.1%) 雑誌: 15,315 (前年比: 97.9%)
1999年 書籍: 9,936 (前年比: 98.4%) 雑誌: 14,672 (前年比: 95.8%)
2000年 書籍: 9,706 (前年比: 97.7%) 雑誌: 14,260 (前年比: 97.2%)
2001年 書籍: 9,415 (前年比: 97.0%) 雑誌: 13,861 (前年比: 96.7%)
2002年 書籍: 9,490 (前年比:100.4%) 雑誌: 13,615 (前年比: 98.7%)

 
 以上のデータは(社)全国出版協会 「出版月報」より。こちらはこちらで有料の冊子以外ではデータを公開していないようなので、JEPAという団体のホームページより孫引きしました。2002年の書籍売り上げの微増が少し意外ですが、ほぼ一定のあまり大きくない率での漸減が続いています。コンテンツ産業は成熟すると、ニーズが細分化されて行くのと同時に市場が縮小して行く衰退期を迎えるわけですが、書籍類は衰退期、音楽メディアはピークを過ぎて衰退へと向かう移行期にあると言えるでしょう。
 
 では、縮小して行った需要が本当に携帯やネットへ向かったのか。最後に、電通総研の「生活・情報利用調査レポート2003」を眺めてみます。714名の母集団へのアンケート調査による、各メディアへの平均接触時間【分/日】の変化は以下の通り。
 
携帯(通信) 2000年: 9.9 2002年: 21.5 (217%) 
携帯(通信) 2000年: 19.0 2002年: 16.8 (88%)
テレビ 2000年: 183.2 2002年: 193.4 (106%)
インターネット: 2000年: 17.0 2002年: 25.2 (148%)
音楽: 2000年: 32.9 2002年: 32.3 (98%)
書籍: 2000年: 28.6 2002年: 26.1 (91%)
雑誌: 2000年: 14.6 2002年: 14.0 (96%)
漫画: 2000年: 9.7 2002年: 8.1 (84%)

  
 標本数が少ないかなという点、時間の比率=消費金額とは言えない点で判断が難しいデータではありますが、この調査では他にもお小遣いの内訳をも追っており、大よそ議論されているような傾向(携帯・ネット↑、書籍・CD↓)がデータにも表れています。2002年時点で全ての層で支出第1位が携帯電話料金となっており、10代の支出が音楽・カラオケ・雑誌・漫画→携帯電話へシフトした状況もほぼデータと一致しているようです。

 一方で、市場は萌芽期→成長期→成熟期(コモデティ化:商品間の差異がほぼ消滅、激しいコスト競争に突入)→衰退期→固定期とサイクルを移していくものなので、携帯電話についてもこれから成熟期を迎える時期に入って来ている模様です。新たなコンテンツが現れてまたシェアが変化する可能性はあるものの、1997年から2002年にかけての支出推移データによる変化によれば、
 
 携帯電話: 普及率の上昇を受けて2000年までは急伸したが、その後は伸びが穏やかに。普及率の飽和を背景に今後の支出の伸びは期待しにくい。
 音楽CD: セルからレンタルに若干移動する程度。
 書籍:減少は大きいが、下げ方は徐々に落ち着きつつあり、下げ止まりも近いだろう。
 雑誌・漫画: ほぼ安定。 
 カラオケ: 単価の低下、客数の減少のダブルパンチで縮小中。
 
 
 全体的に言えるのが、客単価の低下傾向であり、デフレ状況下で一般的に財布のひもが固くなっているということ。これについても電通総研のレポートで触れられている通りで、成熟期に達しつつある各市場において考えられる選択肢は以下の3点程度。
 
 - マニア向けのニッチなセグメントを攻めることで顧客に新奇な印象を与える
 
 - ブランド性を高めて購買意欲を高める
 
 - スケールメリットの追求でコストを削減し、客単価の低下をカバーする
 
 前2者が購買意欲を高めて客単価を上げるか、新たな顧客層を開拓する方法論になります。これは今後の音楽産業にも大いに当てはまる部分ですが、音楽産業独自の特徴的な動きを背景にして、後半でその今後についてまとめておきたいと思います。
 
 
2. 産業の構造変化
 
 今、音楽業界を語る上で欠かせないタームといえば、iTunes。ダウンロード・ビジネスが業界の将来を担うとされながらも、不正コピー・ダウンロードに絡んで迷走する中、ようやく事態が収束していく方向が見えてきたというところでしょうか。しかしながら、現在、まだAppleの収益源はあくまでもiPod。ここら辺は、ブログ「梅田望夫・英語で読むITトレンド」でもエントリー「iPodはハードウェアビジネスの常識を越えるのか」で触れられていますが、キャノン等のプリンタのビジネスモデルの逆。プリンタ(→iTunes)の利潤を削って、インク・カートリッジ(→iPod)で儲ける方法論ですね。
 
 注目を集めるiPod周辺に関してメディアも盛んに報じているわけですが、Rolling Stone誌のインタビュー記事(2003年12月)を読んでみると、CEOのSteve Jobsの発言が今後の音楽産業に対して幾つかの示唆に富んだ内容となっています。
 
 "The winners are paying for the losers, and the wineers are not seeing rewards commesurate with their success. And so they get upset. So what's the remedy?"
 
 "The accounting will be simple: We're gonna pay you not on profits -- we're gonna pay you off revenues."

 
 実はエンターテイメント系の産業はその他のビジネスに比べても博打的要素が高く、ヒット商品の開発・予測が大変難しいです。そのため、従来のビジネスモデルでは大量の広告費を投じてヒットを出す確率を上げ、大量のアーティストを契約で抱え込んでリスクを分散する一方、成功したアーティストの売り上げでそれ以外の人達を食わせるという方法論だったわけですね。アメリカでは大抵の会社で売り出したCDの20%以下がコストを回収できていないと言われており、1枚のCDの広告・製作費は平均30万ドル。もし、自分のCD売り上げだけで食べなければならない場合、10万枚売れないとそのアーティストは赤字になるという計算です。その辺りを踏まえた発言なわけですね。一方で、
 
 "(So you see the recording industry moving in that direction?) -- No. I said: I think that's the remedy. Will the patient swallow the mdeicine is another question." 
 
とも言っていますが、近いか遠いかは別にして、将来的には「個々のアーティストが自身の売り上げに比例した収入を得る」というモデルが一般的になるという予測が成り立ちます。最近でも、アーティスト独自のネットでの直接販売がトレンドとしてあり、雑誌「Snoozer」38号でも記事「ビッグ・アーティストがレーベルから逃げ始めた?!」で、Eagles、Pearl Jam、Natalie Merchantを例に言及されています。
 
 ナタリー・マーチャントは新作ソロ・アルバムを自分のレーベルからリリースするが、初回プレスは3万枚。5万枚売れれば黒字に転じると言う。メジャー・レーベルにいると50万枚売ってはじめて「成功」と見なされるのだから、この違いは大きい。 
 
 ちなみに、これはある程度評価が定まったアーティストならではの話で、新人にはキャリアのスタートに資金が必要なのは当然。また、リスク面で考えれば、複数のアーティストをプールして利益を再分配した方が、確率的にはお金が戻って来る率は高くなります。ただし、「Snoozer」の同記事でEaglesのマネージャーが言っている通り、
 
 「好きなときにレコードをリリース出来るし、値段も自分達で決められるし、中間にいる誰かが収入の80パーセントを持っていくこともない」
  
 つまり、業界の高コスト体制を無視できるので、中抜きで利潤が高くなるということ。しかも、リリース時期と言う点も看過できません。というのも、前述の通り、レコード会社は大量の広告費を投じているので、作品の完成時期に関わらずリリース時期が調整されるのが常。良質な作品がリリースの合間で省みられなかったという例も歴史上たくさんあります。
 
 他にiTunesには幾つかの先駆的な要素があるわけですが、以前も紹介したWiredの記事『「iTunes」のプレイリスト共有機能で問われる音楽センス』(Leander Kahney)でも明らかな通り、プレイリストというデジタル・データで顧客の嗜好が一目瞭然になるというのは大きい気がします。IT技術は、こういった分野で生きるものでもありますし。
 
 音楽業界の話ではないのですが、最近の不況下、日本で通信販売が2000年→2002年で10%伸びているという話があります。日経ビジネスの特集記事「メーカー直販の威力」(2004年1月19日)によると、成功している企業のポイントは
 
 1. 会社の知名度や規模より独創力で勝負
 2. 特定できる顧客の切実なニーズに耳を傾ける
 3. 作り手の思い入れで商品開発する
 4. 価格で訴えず、価値を説得する技を磨く
 5. ニッチ市場狙いから、大型ヒットが生まれる 

 
とか。この話はかなり音楽産業にも示唆的で、特に2や5の点で、デジタル・データによる顧客の嗜好が分析できるようになるというのは大きい気がします。
 
 上記の直販の成功例の場合、インターネットの発展が欠かせない要件となったわけですが、音楽業界では未だに「不正コピー」へのネガティブな反応という縛りから抜け切れていないところがあります。アメリカではドットバブル期の各種音楽ダウンロード・ビジネスの失敗を抜け出し、アップルの成功でやっと方向性が見えて来たかというところ。一方、日本の場合、状況はまだ過去の過去。再び、Jobsのインタビューに戻ってみると、
 
 "We have Ph.D.'s here , that know the stuff cold, and we don't believe it's possible to protect digital content."
 
 "Our position, from the beginning, was that 80% of that people stealing music online don't really want to be thieves."
 
 
 最近では、無料で手に入る不正コピーを防ぎようが無い、ならば、その手間を惜しませるような値段まで価格を落とすしかない、という方向性に認識が向かいつつあるようです。iTunesの場合、1曲約1ドル、アルバム1枚分で10ドル。今は利益が出ていないような価格設定ながら、当初まだ高いと言われていたこの金額で、今まで上手く行っていなかったsubscription(定期購読:月会費を払う)モデルを尻目に需要が喚起されたわけです。日本の音楽業界は未だにCCCDその他の旧態依然な既得権益を守ろうという発想にしがみついているようですが。Stanford大のLessig教授(法学)も"The Future of Ideas"の中で
 
 "In the responding to the shock that the INternet presents to copyright law, it is of course important to account for the increased exposure to theft. But the law must also draw a balance to assure that this proper response to an increased risk of theft does not simultaneously erase the important range of access and use rights traditionally protected inder copyright law."
 
と書いています。他にもアメリカがブロードバンド後進国となった原因としてNapster周辺の問題を例として挙げており(Washington Post "Who's Holding Back Broadband?" 2002.01.08 )、技術を阻害するような方向性を戒めています。こうした方向性は、日本でも何年先の話になるのか分かりませんが、将来的に流れを止められないところでしょう。日本の業界の偉い方々も早い内に頭の中味をパラダイムシフトした方が、成功できると思いますよ。
 
 もう一つ、iTunesがらみで気になるのが、曲単位での販売と言う点。Jobsのインタビューでは、
 
 "They said: We will let you distribute our albums as a whole, but not individual tracks. And we declined. We said: You know, our sotre is about giving the user that choice."
 
ということで、音楽業界の「曲をバラした販売、ノー!」という要望を退けたと語っています。LPからCDにメディアが移行する際に収録容量が増えたことが、アーティストへの作曲・レコーディングの負荷を増したとか、捨て曲率が増えてアルバムの品質が落ちたという議論があります。曲単位の配信が進むと、アルバムの位置づけが弱くなり、アーティストのクリエイティブな活動にも影響が及ぶという見方もあります。
 
 日本の場合、シングル偏重という土壌があるので、影響度はより少ないとは思いますが、先にイーグルスの例で挙げたようなリリース時期の柔軟性というのは大きいかもしれません。大掛かりな仕掛けを準備して売るというよりも、単価が安い分、次々に優れた曲をリリースしていくというスタイルで本来のアーティストの才能が際立っていくというようなことも考えられます。従来的な手法ももちろん残っていくとは思いますが。
 
 その他では、映画産業との比較がポイント。
 
 "You can see it at the theater, you can buy it on home video, you can buy on DVD. But you can also rent it at Blockbuster or Netflix. You can watch it on pay-per-view. You can also watch it on cable or network TV. There are a lot of ways to legally get a movie. There was only way to legally get music."
  
 ラジオやMTV、ライブがあるだろうという突っ込みはさておき、確かに配信のチャンネル種類が少ないという点は、音楽業界のメジャー数社による寡占が進んだ背景にあると思います。デジタル・データのやり取りという新たな大きいチャンネルが現れて、業界周辺が皆慌てているというわけですが、いつの時代もそういった変化はあり得ます。デジタル配信に加えてアメリカでキーとなっているもう一つの大きな変化の波として、小売ディスカウント勢力の台頭が見過ごせません。米タワーレコードの倒産が話題になりましたが、背景にはそういった時代の変化があります。New York Timesの記事"Big Stores Make Exclusive Deals to Bring in Music Buyers"(2003.12.29)によると、
 
 "Discount stores like Wal-Mart accounted for only 13.5 percent of music sales in1994, said Clark Benson, the chief executive of the Almighty Institue Music Retail, a Los Angels-based company that sells data about retailers to recor d labels. This year the figure is 34.8 percent."
 
 "Adding their(= electronics chains' like Best Buy and Circuit City) sales to the other mass marketers would probably raise that group's total more than 50 percent, said Geoff Mayfield, the director for charts and senior analyst at Billboard."

  
 アメリカではCD売り上げの1/3程度がCDショップ以外のディスカウント・ショップで売られるようになったということになります。これは客を引き込みたいスーパーや電器屋と、スーパー独自のキャンペーンのおかげで広告宣伝費を抑えられるレコード会社の利害が一致した結果ですね。記事内では、各店限定のアルバム、特別曲ダウンロードの特典等の例を紹介して、差別化を図っている話も挙げています。
 
 以上をまとめると、
 
- 新たな通路が現れる中、今までのように流通等々を全て管理下におくような寡占体制が維持できなくなる
 
- 他業界同様、デフレ影響は避けられず、時代錯誤な価格の維持は不可能(再販制度云々のことですよ、全く)
 
- マスに網をかけるというよりも、細分化された市場をカバーする、きめ細かい戦略が必要になる
 
 日本の社会の性質上、そうすぐに業界が変わるとは思えませんが、大量にお金をかけて一発を狙うというやり方は廃れて行かざるを得ない気がします。新たな技術や手法を利用してコストを落としながら、需要の掘り起こしとリスクの低減を狙うしかないのでは。
 
 
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たまには音楽のことなど。

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2004.02.19

風雲たけし城 in U.S.A.

 大昔に、下のような文章を書いたことがあります。>[鉄人 in U.S.A.]
 
 「料理の鉄人」がアメリカでも放映されていて大人気という話ですね。この際に、コメント欄で「たけし城」も放映されているらしいという話を書いて、同じく米国在住のgentooさんから情報をいただいていたんです。ということで、その話。
 
 ちなみにご存じない世代もいるかもしれませんが、「風雲たけし城」は、僕が小学生の頃、つまり20年以上前に放映された視聴者参加型番組。たけし軍団が支配するたけし城の陥落に向けて、様々なアスレチックのようなゲームに挑戦して生き残りを目指す、という内容です。子供心にも「よく、あれだけアイデアを思いつくなぁ」と思わされた、ゲームのバラエティが素晴らしく、お金も相当かけていた様子。
 
 元ネタはアメリカのTV番組周辺にありそうなんですが、それをバージョンアップして逆輸入という辺りが日米関係を暗示していますね。アメリカで見るという要素を除いたとしても、登場する挑戦者達の服装・格好が恐ろしく時代を感じさせるので、いろんな意味で楽しめる番組でもあります。
 
 アメリカでのタイトルは"MXC (Most Extreme Elimination Challenge)"。何か微妙にダサいです。番組は「ビデオ巻き戻し」や「今日の痛かったシーン」等々、独自の編集を加えて無理やり30分に編集されています。当然、トーク・シーンは吹き替えで、全部内容が変わってますね。ま、当時のそのままではウケル筈ないですが。登場人物も、
 
 
   たけし=Vick、東=Kenny、稲川淳二=Guy
 
 
といった感じで、イタリア系っぽいのが多い気がするのはどういうことなんでしょう。イメージ=「馬鹿」ってことなんですかね。独特のなまり(日本人っぽくしているのか)で喋るので聞き取りづらいのですが、参加視聴者達にもイチイチ外人名を付けて、変な甲高い声で馬鹿っぽいことを喋らせています。
 
 日本では馬鹿番組が放映されているというイメージがアメリカ人にあるのか、ちょっと前にも「バンザイ」という番組が始まって、日本でも少々話題になっていたようです。確かに、SNLの昔のコントにもわけの分からない日本語を喋るドラマというネタがありました。番組の間に挟まるインチキCMでは「ゴキブリがお菓子に変わる」という何ともはやな感じでしたが。未だにいろいろなイメージがあるようですね。
 
 ちょっと気になって、去年の時点で、MXCの評判をチェックしてみました。
 
 
  「クール!」
 
  「こんな面白い番組、番宣もしていなし勿体ない。あんなマイナー・チャンネルじゃないところでやればいいのに。」
 
  「タカシ・キタノの番組~(以下説明)~」
 
 
 
 あの~、綴り間違えてるんですけど。欧米のメディアに高評価の映画監督と同一人物とは夢にも思っていないんでしょうな。どうやら、ネット上の掲示板を見る限り、大学生に人気があるみたい。ちなみに、アメリカのバラエティ番組の人気は大学生から火が着くことが多いです。

 思うに、結構受けている様子なのは、以下の点からかと。
 
 
 - "Jackass"等に通じる馬鹿っぽさ(アメリカ人大好き)
 
 - アメリカにもある視聴者参加チャレンジ型番組(例."Gladiator"だったかな)にカテゴライズ可能
 
 - 「料理の鉄人」同様、アイデア・条件設定がどう見ても秀逸
 
 - 言葉に関係なく、楽しめるビジュアル性
 
 - 悪役側=着物を着て城にいるサムライ
 
 
 結構、最後の要素も大きい気はします。

 さて、先の掲示板でのアメリカ人のコメント、「マイナー・チャンネル」についてですが、アメリカではケーブルTVのチャンネル改変が結構あります(実際、この2年ぐらいで2~3回経験)。このMXCも当初、名前の違うチャンネルで土曜日の夜に30分という枠、しかも宣伝ゼロという体制でやっていました。ところが、そのチャンネルが衣替えして"Spike TV"という名前になった途端、毎日のように放映するようになってます。
 
 しかし、この"Spike TV"、何とも言えないんですよ。煽り文句、
 
 
   「全米規模初!正に男のためのチャンネル」
 
 
 ハイハイ、のっけから年末年始007シリーズ全放映で、想像はついていましたが。他局で歴史関係の特別ドラマをやっている祝日「プレジデント・デー」にも、特番「水着グラビア」です。やってくれます。と、そういうホワイト・トラッシュ(見ている僕もトラッシュですが)向けのチャンネルなわけですが、番組間に流れるCMでさらに唖然としました。
 
 
   放送開始のアニメ> "ストリップレラ” 
 
 
ストリッパーが夜な夜な(でも、お仕事の後なので「超深夜」だそう)正義のヒロインに変身して、悪の組織と戦うそうです。ここまで徹してくれると、さすがにちょっとリスペクト!

 
 番組サイト: SpikeTV内 (残念ながら、ほとんど情報は載っていません)
 
 
 
【過去のコメント】

[Newell] [2004/02/19 03:36] [ MyDoblog ]
たけし城は、アメリカで何度か見ました。CATVのチャンネルなので、いまいち、放送時間帯が掴めていないのですが、ザッピングしているときに、たまたま見つけると、見てたりします。
私としては、やはり服装、髪型にノスタルジーを覚えてしまいます。

[☆イル] [2004/02/19 11:38] [ MyDoblog ]
> 「全米規模で初!正に男のためのチャンネル」
全米規模なんですか?凄い・・・。
うーん、「男ってもんは・・・」って言いたくなってしまうような番組を胸張って堂々と作っているところ、やっぱりアッパレ。


[blue&gold02] [2004/02/19 23:16] [ MyDoblog ]
Newellさん>
あの髪型と化粧は何かすごいなぁと思ってしまいます。同じことが、将来現在の標準を見ると起こるのかなと思って見ています。

☆イルさん>
レーティング等が発達しているにしては、アメリカも低俗番組が多いようですね。


[wolfy] [2004/02/20 20:25] [ MyDoblog ]
旧TNN(The Nashville Network)ですね。2年ほど前にNashville, TNから本社をNYに移して、なぜか略称だけ残っていたんですが、WWEの"RAW"の局ロゴが、ある日突然"Spike TV"に変わっていたので驚きました。
まあupnとかでCBSの"Everybody Loves Raymond" を毎日再放送していたりとか、再放送豊富ですね…>マイナー局。
USA Networkにも買収の噂がありましたね。I-10を走っていると、送出局があって、こんなとこからやってるのか、と思いました。”TV Land”なんてどうよ?って感じ。

[blue&gold02] [2004/02/22 10:53] [ MyDoblog ]
最近、メディアの合併ばやりですからね。宣伝のトーンがかなりアッパーな方向に変わったので、Spike TVって何よ?ってな感じでした。USAにも噂があるんですか・・・結構、しっかりしたドラマ系が強くて好きなチャンネルだから、変な感じに変わらないで欲しいものです。

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2004.02.18

「DVDで観るアクション映画ベスト100」にケチをつけてみる (1)

 ローリング・ストーン誌のベスト・アルバム500の方が、まだ400(=50×8)、8回分残っているんですが、次の記事も発動してしまいます。我ながら、いい加減ですね~。とりあえず書きかけの記事は将来的には完結させる予定です。To Be Continuedということでご勘弁を。
 
 さてさて、今回ケチをつける対象は米国プレミア誌(Premiere)昨年2月号の特集。古っ!でも、個人的な映画の原体験が、ガキの頃に親父と一緒にTVで観た70~80年代のアクション映画なんですよ。「ダーティハリー」とか「フレンチコネクション」、「007シリーズ」、それにTV東京のB級C級Z級映画群。だから、ロクな大人に育たなかったわけですが、このジャンルには結構思い入れあるんです。いい加減なセレクトを見逃すわけにはいきません!
 
 しかし、エンターテイメント作品に限らず、アメリカ人、ランク作りが本当に好きなんですよね。始終、本屋の棚にはあれやこれやのベスト企画が表紙に踊った雑誌が並んでいます。ビジネス界で有名なフォーチュン500・1000、大学・大学院ではUS Newsのランキング等々。皆、それなりの権威で注目を浴びるわけながら、尺度等々がいい加減と非難を浴びることも少なくありません(特に後者)。それでも、ニーズは大きいんです。
 
 今回のベストも案の定、微妙な感じが漂う内容です。特に、ここでいう「アクション映画」って何?という、定義の部分が不明瞭。去年には、日本のスカした「スタジオボイス」という雑誌も「ファンダメンタル・アクション映画150」という企画をやっているんですが、こちらの方がセレクションに味があります。文章は紹介になっていなかったり、公開間近の映画が無理やり入っていたりするんですけれどね。映画「キル・ビル」に対して、アメリカの一流紙の評論家達は、せいぜい「マトリックス」かブルース・リー程度を挙げてしか評論できなく、プロとしてお寒い限りだったわけですが、そういう感じがアリアリと出ているセレクションです。まぁ、アメリカで「三途の川の乳母車」なんて書いても、良識ある層には「?」って感じなんでしょうが。
 
 番号は順位でなくアルファベット順だそうなので、今回の記号はこんな意味。
 
 
 ○: サムズ・アップ。賛成。
 ×: Boo~、サムズ・ダウン。ちょっと違うんじゃないでしょうか。
 -: 難しい~、判断保留。
 ◇: 前述のスタジオボイス誌の150選でも選出されている作品。 

 
 
 さぁ、参りましょうか。
 
Aliens (邦題:エイリアン2) ○◇
 R.スコット、J.キャメロン、D.フィンチャー、J.ジュネという異才が次々に監督した、SFホラーの名作、2作目ですね。ちなみに3作目はクズですが、同監督の「ファイトクラブ」はベスト・アクション映画だと思います。でも、選から漏れてますね~。紹介文曰く、「コミックみたいにパワフルな女主人公が大活躍」って、S.ウィーバーのゴツさと色気の無さは漫画的では無いと思うんですが......

Assault On Precinct 13 (邦題:要塞警察) -
 これは意外なカルト人気作。J.カーベンターは、このリストならば欠かせないと思うので、この作品は妥当な線かと。でも、あんまり記憶に残ってないんだよなぁ~、見直したいです。
 
Battleship Potemkin (邦題:戦艦ポチョムキン) ×
 これを選んでいる時点でダメだと思います。映画史にはしきりに顔を出すこの作品、「アクション映画」ってセレクションでは無いでしょう。作品自体には1920年代撮影とは思えない新鮮さがあるのですがね。(キネマ旬報とかがオールタイム・ベスト映画とか選ぶと入りそう。)ちなみに「アンタッチャブル」の駅の銃撃シーンの元ネタです。紹介文曰く、「オデッサの階段でのシーンが手に汗握るアクションのスタンダードとなった」。そこだけアクションでもねぇ、いかがなもんでしょ。
 
Ben-Hur (邦題:ベン・ハー) ×
 ポチョムキンの次がコイツとは。確かに有名な闘技場での馬車の闘いはよくできているとは思うのですが、今見ると少しタルい気がしてしまうのは僕だけでしょうか。
 
Black Hawk Down (邦題:ブラックホーク・ダウン) -◇ 
 リストに何故かR.スコット作品が多いのが気になるんですが、この作品と「ハンニバル」で批評家人気も地に落ちたような気がするのは僕だけでしょうか。とは言え、未見ながら、この映画のアクションは凄いらしいですね。ヒューマニティも途上国への配慮の欠片も無い映画という声をよく聞く一方で。
 
Blade Runner (邦題:ブレードランナー) -
 すごく好きな映画なんですが、「アクション作品」と言われると、すごく静的な印象が強いので微妙な気持ち。アクション・シーンって数えるほどな気がするけれど、ハードボイルド未来版というスタイル面からセレクションに入れてもいい気はします。紹介文曰く、「全ての画面を通して、血と冷たい雨の感覚が仮想的に伝わって来る」。「血」っていうのがよく分からん。血生臭いシーンは、確かに何箇所かありますが。
 
Bonnie and Clyde (邦題:俺たちに明日はない) ○
 アメリカの映画史には欠かせない映画ということで登場?紹介文にも、当時批評家に暴力描写を批判されたという一文あり。最後のシーン他、ああいう描写がアクション映画としての評価かな。名作だし、順当な気もします。作品の主眼はアクションにないと思うけど。
 
Das Boot (邦題:Uボート) ○
 これも微妙なところ。どちらかと言えば、密室劇な感じもするし。どうやら、このセレクションでは「映画史上の名作で非文芸系」=「アクション映画」ってことらしい。もう少しビザール感が欲しいですね。
 
The Bourne Identity (邦題:ボーン・アイデンティティ) -◇
 これ未見。でも観たいんですよ。結構、評判がいいけれど、70年代っぽい感じらしいですね。あの渋さがたまらなく好き、自分の原体験でもあるし。W.フリードキン、W.ヒル、J.フランケンハイマー、皆、今はどこへ。(フランケンハイマーは、RONIN撮ってくれたので許します。)
 
Braveheart (邦題:ブレイブハート) -
 このセレクションを見ていると、選者がアカデミー賞を結構気にしてるようなんですよね。紹介文のところにも、よく書いてあるし。ということで、これもM.ギブソンのアカデミー受賞作。
 
 
 しかし、早速、不完全燃焼なライナップです。心にカンフーとガンファイト、おまけにカーチェイスが足りませんよ。ローリングストーン誌のセレクションもそうだけど、いかにアメリカ人が狭い文化圏で暮らしているのかが分かると言う意味で、興味深いセレクションであります。
 
 
 
【過去のコメント】

[kj] [2004/02/18 12:38] [ MyDoblog ]
フランケンハイマー亡くなりましたよ。
死ぬまで「漢(おとこ)」な映画をとりつづけましたね。
個人的には「対決」の最後の殴り合いが忘れられません。

[blue&gold02] [2004/02/18 12:50] [ MyDoblog ]
フランケンハイマー、亡くなっていたんですか......最近、このブログで「今どうしてるんだろう」とか書くと既に他界って多いんですよね。年なのか...

[☆イル] [2004/02/20 19:26] [ MyDoblog ]
2002年のThe Bourne Identity は日本での評判はイマイチのようですが、私は大好きです。
好きなMOBYのExtreme Waysが流れているせいかもしれませんが。
私の勘違いかもしれませんが使われている戦法はKRAV-MAGAだったような気がします。

[blue&gold02] [2004/02/21 01:25] [ MyDoblog ]
日本で評判今ひとつ、ですか......何か面白そうですけれど、確かに超有名スターでも出ていないと売れないタイプの映画なのかな。

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2004.02.17

アメリカ人と日本人、どちらが車の運転がうまいのか?

 思うに、自分の車の運転は結構下手な部類の方じゃないかと。ただし、ここで言う「車の運転がうまい」という言葉には注意が必要と思うわけです。基本的に「車の運転技術」と言った場合、大まかに2つの意味解釈ができるのではないでしょうか。
 
 一つが、「身体的な能力」。ポテンシャルの部分で、いわゆる運動神経ですね。危険に直面した時、当然、とっさの判断・体の反応が、事故に至るか逃れられるか、事故の被害が大きくなるか小さくなるかに影響する筈です。残念ながら、人間は生まれて来た時点+幼い頃の環境で身体能力に差が生じますから。僕は体を動かすのが得意とは言えない方なので、最初に書いた話はこの能力についてです。
 
 しかしながら総合的に見ると、上記の能力は最終的な「運転能力」の一部に過ぎないと思うんです。「全体的な運転能力」とは、結局「事故を起こす確率」で定義できるんですね。運動神経が悪くても自分の能力を把握した運転をしていれば、事故のリスクは下がります。対して、調子に乗った運転をしていれば、いくら運動能力が高いドライバーでも、リスクは高くなるわけですね。
 
 僕より「運転がうまい(この場合、前者の観点)」ドライバーの運転で九死に一生を得るような経験をしたことがある一方、自分の運転でそういう目にあったことがないというのが一つの例です。他にも、日本の高速でも気が狂ったようなスピードで運転する人がいますよね。ああいった人はどうやら自分のドライブ・テクニックに酔っているようですが、全くの勘違いかと。周りの人間が「あの車は危ない」と思って避けてくれているだけですから。レース場で走れば「身体能力」だけで評価されるのかもしれませんが、公道で事故へのリスクを上げているということは状況判断力が健全でないと言えますしね。
 
 さて、長々と導入を書いたのは、お題の部分につながるからでして。つまり、タイトルの「運転がうまい」というのは後者の定義、ということを言いたかったわけです。その観点で見てみると・・・・・・・・一体どうなるのでしょう?
 
 
ケース1: 路肩に寄せる 
 
 交通量が激しい道であろうが、停車後、アメリカではまず後ろを確認しないでドアを開ける人がほとんどです。しかも、迷わずドア全開。日本の交通状況に対して、スクーターがほぼ走っていないのも大きいと思いますが、かなり危険。
 
 
ケース2: 前方を注意する
 
 電話会社の圧力もあって、昨年、カリフォルニアでは運転中の携帯禁止法案が否決されてしまったわけですが、とにかく電話かけまくり。それも日本に比べて電話が長い!ビジネスで止むを得なくというより、単にしゃべくりまくりの場合が多い気はします(これは多少偏見)。
 
 電車や乗り合いタクシーでも構わずに使うような社会なので、恐らくその延長線上にあるのでしょう。統計上、危険率が上がるという事実も知らない人が多いように見受けられます。住んでいる近所には学校がやたらにあって、一度、前の車が携帯を使っての不注意で子供を軽く轢きかけたのを見て、やっぱり危ないなと思ってます。
 
 
ケース3: 車線変更・合流する
 
 高速での運転時、車間距離が極端に短いんですよね。特に車線変更をする場合、もの凄い急角度で入って来ることが多いです。日本でも最近その傾向が強いものの、アメリカではウィンカーを使わない率が8割9割の気がします。アメ車自体にウィンカー用のランプが無いものが多いですね(テールランプが点滅)。
 
 カリフォルニアの高速は6車線ぐらいあったりもして、行先表示が少ないジャンクションで端から端まで動かなければならないことも多く、車線変更をかなり派手にやる必要があります。その際も周りを見てない車が多い様子。流れを見て譲ったり、車間距離を調節するという意識が弱いので、今まで非優先の車線から進入してくるトラックや車に突っ込まれそうになったことがあります。一度は、向こうが悪いのに映画でお馴染みの中指ポーズをしてくれました。明らかにあなたが悪いんですよ、オバちゃん!(ボロボロの車で、いかにもイカれた感じでしたが。)
 
 
ケース4: 街中で駐車する
 
 東京での縦列駐車に比べれば、かわいいものと思うかもしれませんが、サンフランシスコ市内は結構な環境です。坂が急角度すぎて(日本であれだけの坂はめったにないです)垂直駐車も多いですしね。一般の街中でも、駐車スペースを増やすため、30度程度の斜め路駐があります。これは、古いスタイルの駐車形式で、横に停まっている車群で死角になっているような往来へバックで発車するので、統計データ上でも事故率が高くなる方法なのですが。そんなこんなで東京ほどのハードさは無いですが、駐車能力に関してはそんなにひどいとも言えない気はします。
 
 
 さて、結論として、車を運転している頻度は高いので、慣れと経験という点では分があるはずながら、やはりアメリカ人の方が運転は下手かと。周りに払う注意力が低いという点からですね。とにかく道が広いので、上に挙げたような例でも危険を回避できる率が高くなります。例えば、住んでいる場所の前を走っている道路なんて1車線ですが、車幅を考えると3本車線を作ってもお釣りが来るぐらい。「危ない!」と思っても、派手にハンドルを切るスペースが多分にあるわけです。ほとんどの道路が路駐スペースを取っても車線が取れるぐらいの広さですからねぇ。
 
 
 
おまけ: アメリカで見た一番下手くそなドライバー
  
 友人を車で送ろうと道端で立ち話をしていた時、スーッと通り過ぎた車が45度の角度でバックをして来ました。何だろうと思って見ていたら、どうやら道を聞きたかったらしいんですよ。それはいいんですが、斜めにバックしたまま、路肩に乗り上げる。さらに工事用に立てかけてあった看板をガラガラとなぎ倒す。そのまま停まらず電柱へ。
 
 ありゃりゃ~って感じで皆唖然としていたんですが、道を聞いたと思ったら、平気な顔で発進してつむじ風のように去っていきました。あきれた僕は、一人で看板をただただ積み直すだけでしたよ。
 
 
 
 
【過去のコメント】

[Tweety] [2004/02/17 00:14] [ MyDoblog ]
私の前のアシスタントは目が悪いんですが、よくめがねをうちに忘れてきて、それでも運転していました。よく中央分離帯にタイヤをぶつけたり、分離線の上を走っていました。おそろしかったです。

[Newell] [2004/02/17 06:43] [ MyDoblog ]
私の知っている限りで、アメリカ人の運転は乱暴で雑な人が多いです。あと、運転中に後席の人と話すときに、わざわざ振り向かなくてもいいって。(^^;

[blue&gold02] [2004/02/17 22:30] [ MyDoblog ]
Tweetyさん>
怖いですね。僕の日本の友人でも、視力が落ちてきて、「あの青信号の矢印、どっち向き」と聞く奴がいました。しつこく言って、眼鏡を買わせましたけどね。

Newellさん>
日本人でも、複数人でドライブしていて、「あ、あそこのビル、面白いね」と言うと、一緒に横を向くドライバーがいました。「いいから、前を向け」って!アメリカ人の車への同乗経験では、やっぱり激しく携帯使用の時が怖かったです。

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2004.02.14

ふと、"J-Pop"について考える

 この前友人宅に遊びに行ったところ、奥様が意外に音楽好きということに気が付いた。現在のUKのバンドをライブで見に行くっていう人、結構な数だとは思うのだけれど、巷に出てみると意外といないもの。洋楽のCD売り上げも減少傾向のようだし(まぁ、CD自体の売り上げが落ちているのではあるが)。しかし、ちょうどお邪魔した時にかかっていた曲がBen Folds Fiveのインチキ日本語曲で、
 
 
 「金を返せ~~金を返せ~~、Bi*ch!」
 
 
っていうのには密かに笑えた。少し前に、あまり面白いことを書いていない「アメリカのキャンパスで学生はどんな音楽を聴いているのか?」という雑文をアップしたりしたが、Ben Foldsの下手くそな日本語を聞いた際、ふと遠く加州の空の下から日本の音楽、それも"J-POP"という奴に思いをはせた。今回はそのお話。
 
 昔、「クマのプー太郎」という漫画に
 
 元気に家を出ても、何故かいつも途中で気力が萎える。理由はコレか→渋谷駅の「E電」表示 
 
というのがあったが、「E電」、最早聞いたことない世代もいるのだろうか。鳴り物入りで国鉄以降の一般路線に付けた愛称(そもそも、そんな漠然とした対処に何故に「愛称」が必要なのかという時点で大外しだったのだが)で、審査員の小林亜星氏が得意そうに発表していた光景が懐かしい「E電」。案の定、皆から白眼視されて、すぐにフェードアウトしていった呼び名(そもそも誰も呼んでいなかった)だが、その後も何故か渋谷駅のある部分にだけ看板としてずっと残っていた、それ絡みのネタ。長々書いてしまったが、今では広く使われている「Jポップ」、個人的に何か「E電」と同じようなダサさを感じさせる響き。

 「Jポップ」って何?と尋ねられると、意外と定義が難しい。今では「日本のヒットチャートをにぎわすような音楽」を指す意で使われている気がする。音楽好きの場合、「歌謡曲」に近い侮蔑的なニュアンスを付与したりもする。日本版Wikipediaによると、
 
J-POP
フォークとは違う「和製ポップス」。昔は「ニューミュージック」と称した。この言葉はFMラジオ局のJ-WAVEによって作られた言葉。

 
 ちなみに「はてなダイアリーキーワード」には該当語が無かった。しかし、この定義はちょっとウ~ンというところがある。「ニューミュージック」系列の「売れ線ポップスだけど、歌謡曲より高尚」みたいなニュアンスが入っているのは確かだけど、「フォークとは違う」って、言葉ができた時代を感じると「フォーク」自体、もはや無関係だと思うのだが。一方、J-WAVE発というところは当たっている気はする。「洋楽と混ぜても流せる・聴けるような音楽」というニュアンス・時代の流れが入っているのだろう。どちらにせよ、これでは定義が曖昧すぎて何をもって「Jポップ」というのかは分かりにくい。
 
 ローリングストーン誌による「音楽史上もっとも偉大なアルバムベスト500」でも明らかの通り、アメリカ人はまず海外の音楽を聞かない。しかも、英語でない歌詞がヒットすることはほぼ皆無。宇多田ヒカルの例を見るまでも無く、外人シンガーが勝負をかける時は皆、英語の訳詞で歌うことになる。この状態をひっくり返して日本に当てはめると、「Jポップ」=「日本語で歌っているポップス」という定義になるか。日本の場合、ほぼ日本語曲=和製と言えるだろうし。
 
 そんなこんなで曖昧とした存在「Jポップ」。考えた人はJリーグ・バブル華やかなりし頃の「何でもJを付ければいいや」ぐらいの感覚だったのかもしれないが。どうしてもダサくて遅れた印象がぬぐえなかった歌謡曲時代に対して、「洋楽と並べても遜色の無いクオリティの楽曲がホラ」と言いたいところがあるのだろうけれど、「Jポップ」、やっぱりダサい。元々曖昧な定義に対するイメージなので極論になるあるかもしれないが(最近は海外で高評価の日本アーティストも少なくないことだし)、未だにヒットチャートにいる「Jポップ」と海外の楽曲の間には幾つかの落差があると思う。僕が考える、その落差とは以下の数点。 
 
1. 歌詞
 
 一般的に見て、日本で求められる歌詞のレベルというのは少々低い。例えば、懐かしのglobe等々のヒットメイカーの歌詞を見てみると、音楽的なクオリティに対して歌詞のクオリティがアンバランスに低いという現象。最近は、スピッツやスガシカオのように、平易な言葉で独自のセンスを表現しつつヒットも飛ばすような人達もいるので、一概には言えないんですがね。
 
 Oasisの歌詞が馬鹿すぎるというので、高慢ちきなUKの批評家達に馬鹿にされたりした話があるわけだが、欧米では歌詞に対する評価が楽曲の評価のもっと大きな部分を占める様子。Bob Dylanの例を引くまでもなく。歌詞へのオリジナリティへの尊敬が足りないという点では、少し前の人気歌手A・Hの盗作歌詞騒動も顕著な例かもしれない。「がんばって」系の応援ソングの劣化コピーが氾濫しているのも一つの例だろうか。
 
 
2. メロディ
 
 一般的に楽曲には必要な幾つかの構成要素があって、その「歌詞」「メロディ」「アレンジ」「ミックス」等々の全てが揃って名曲と言える。が、「Jポップ」の場合、メロディ偏重傾向が強い。上記の「弱い歌詞」というのも、その一端。確かにメロディは楽曲の質に対して大きな要素を占めるわけだが、「Jポップ」ではこれだけという印象が強いことも多い。
 
 アメリカでは「一発屋(の曲)」のことを、"One Hit Wonder"と呼んで、結構皆大好き。TVやラジオでもよくやっているし、大学のアメフト試合を応援に行ったら、ブラバンが"One Hit Wonder Medley"をやったりもしていた。ちなみに、アメリカ人にしてみるとThe Cardigansも一発屋ということになるらしい(坂本九もかな?)。ビルボードでデビュー曲を当てても、その後出した曲は全然ダメという現象が多いことを示唆しているが、日本では微妙に実情が異なる。
 
 日本で新人がオリコン10位クラスのヒットを出すと、次の2~3枚のシングルはほぼ確実に売れる。アメリカとの違いは国土の規模と文化の多様性も影響しているのだろうが、個人的には「楽曲」というより「記号」的な「日本人のブランド志向」に通ずる現象だとも思える。しかし、そうした中にかろうじて残るのがメロディ。ある程度の(しかしブランド力無しで売れるほどのクオリティである必要は無い)メロディのみが売れ続けるための最低の必要条件となって来て、それを下回るとブランド力を持ってしても「一発屋」となる例が出てくる。つまり、楽曲本来の力としては「メロディ」だけが必要条件になるということ。
 
 
3. アレンジ・リズム
 
 意外と「良いものを取り入れる技術に長けた」日本人が得意とする分野か、アレンジに関しては「Jポップ」、結構まともな方。歌謡曲時代から結構先鋭的なアレンジが施されていたりもしたことだし。少し前には「モーニング娘。」等、かなりエキセントリックなアレンジを施した曲が大ヒットしたりしていた例もある。
 
 ただし、ビーイング系列等々、ここら辺に無意識な楽曲があったりするのも確か。「プロデューサー」という存在が、つんく・T.K等々アレンジやミキシングをするというよりも、楽曲を提供するということに重きが置かれている人達であることから先の「メロディ重視」が明らかになる。アメリカでも60年代近辺には職業作曲家のプロデューサーが珍しくなかったわけだが、やはり総合的なプロデュースにもっと力を配っていた感じがする。
 
 また、「Jポップ」ではリズムが軽視されがちで、ここら辺は黒人音楽からの剽窃が起源にあるブルース・ジャズ・ロック・ヒップホップの伝統がある欧米との違いだろう。もっさりした曲が多くて、売れるようなバンドでも音楽的にリズム・セクションの占める重要性が相対的に低い感じがする。時代的にはさすがにダサいと思われるような打ち込み音楽率が未だに少々高いし。
 
 
4. ミックス
 
 歌詞の次に我慢できない部分かもしれない。先の「プロデューサー」の話でもあるが、欧米ではミキシング等のエンジニア上がりの有名プロデューサーも結構多いのだが、日本では圧倒的にミュージシャン上がりが多いのでは?音作りが皆、異様にクリア過ぎて、軽く安っぽい質感になることが極端に多い。ライブ盤があまり好まれない印象もあり、音のクリスタル・クリア嗜好が強い傾向の本当の理由にはちょっと興味があるところ。
 
 ちなみに、歌謡曲のCDをかけて語るようなハード偏重のオーディオ・マニアが理解できないので、僕には音質への極端なコダワリは無い。そのせいか、ヒット曲でももっと音を汚した感じにした方がいいのにな~と思うことも多い。
 
 
 
 以上、自分なりの洋邦ヒット・チャートの大雑把な印象論。こういう大まかな括りでの総論には本質的に問題点が多いわけであるので、あんまり真剣にとらないでくれなまし。

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2004.02.13

映画館の思い出、最悪篇

【過去のTB元】 [TB:お気に入りの映画]
 
 
 就職して少し経った頃から思ってはいたのですが、この年になって徹夜はきついですねぇ。昨晩は寝られませんでした、もうフラフラです。
 
 jinさんの企画「TBカフェ」のお題「お気に入りの映画」のおかげで、当ブログでは封印していた映画関係の話(だって、最近の映画を全く見てないのに格好悪くて書けないじゃないですか)の導火線に火が付き始めました。「お気に入りの映画」の続編シリーズと他に幾つか映画関係のエントリーを書こうかなと思っているところ。その前段に軽い映画ネタです。
 
 ブログ「poco a poco」から、今さらながらの古い記事にトラックバックさせていただきました。nyanziraさんが観客2人きりの映画館の思い出の話を書いていらっしゃるのですが、僕も2度ほど全部で観客3人ぐらいの映画館を経験したことがあります。日本で学生だった頃、退屈を持て余してた際、1日に2~3軒、映画館をハシゴしたりしてたんですよね。(ちなみにアメリカの映画館は全て夕方から。大学街では多少早くからやっている映画館も結構ありま