少し前からネット上で、SCE(ソニー・コンピューター・エンターテインメント)の久良多木(久夛良木)社長が、PSPの不具合への質問に対して答えた内容の記事が祭りになっていた様子。この展開ってビジネス研究での数々の過去の典型的失敗パターン的なのが少し興味深かったので、紐解いてみる。
まずは元ソースに当たるのが原則なので、ちょっと見てみよう。ネット上では、忍之閻魔帳さん 『素人がごちゃごちゃぬかすな」by 久多良木』が始まりらしい(言及記事集)。ただし、大元は日経ビジネス 2005.1.24号の記事(「それがPSPの仕様だ」 久多良木SCE社長、ゲーム不具合騒動を一蹴)。頭の方の1P記事で、実は買っていたけれど読み飛ばしてましたよ。
短い記事なので、間の騒動についての解説記述を除くと、社長の発言の引用は2箇所だけ。以下の通り。
(質問文の掲載はなし)
「これが、私が考えたデザインだ。使い勝手についていろいろ言う人もいるかもしれない。それは対応するゲームを作る会社や購入者が、この仕様に合わせてもらうしかない。」
(問題が指摘されるボタンだけは、他のボタンのように真下に検知部分がない。この点が画面が反応しないことがある原因ではないか。本誌の疑問に関して久多良木社長は次のように説明した。)
「使用する液晶画面はこれ以上小さくしたくないし、PSP本体もこれ以上大きくしたくなかった。ボタン位置も狙ったもの。それが仕様。これは僕が作ったもので、そういう仕様にしている。明確な意思を持っているわけであって、間違ったわけではない。世界で一番美しいものを作ったと思う。著名建築家が書いた図面に対して門の位置がおかしいと難癖をつける人はいない。それと同じこと。」
ポイントとなる部分は3箇所だろうか。
① 購入客が製品機能について不満を述べているのだから、「意図した仕様」であるか、「意図していない仕様」であるかは社内の問題であって(責任問題には関係するが)、問題の本質ではないことに気付いていない。顧客が求めている答えと上の答えの対象がずれている。
② 「僕の作ったもの」と、さも一人で作り上げた工芸品のように語っている。③にもつながるが、社長はあくまでも「経営者」であり、芸術家・製作者とは役割が異なる。
③ 自身(もしくは設計に当たった社員達)を「著名建築家」と同格化して語っているが、そもそも「著名建築家」ではないことに考えが及んでいない。しかも、日本でどうか知らんけれど、「著名建築家」だって建物の機能をあまりに満たしていなければ非難の対象となる現実がある。工業的な設計者であれば、必ず機能性の問題には細心の注意を払わなければならない。「世界で一番美しいものを作った」というのも、芸術家と工業的設計者の役割定義の混乱を示唆している。
もともと、自身の発言がどのような影響を及ぼすかという冷静な配慮なんてトップに必要な資質が弱い人らしく、過去の記事を漁ると以下のような発言もある。
IT Media (2004/05/19) 『久夛良木副社長、PSXの世評に「何言ってんだ」』
5月18日に都内で開かれたソニーの経営方針説明会終了後、『「PSX」の世間の評判についてどう思うか』と報道陣に聞かれた久夛良木健副社長は「何言ってんだと思った」と語った。
前後で矛盾した話をすることも多いようで、この記事でも 『先日のE3で公開したばかりのPSPについては「想定している利用シーンは家の中。歩きながらゲームをする人はいない」と言い切った。』 とか。「PSPの不具合は仕様だ」の記事でも詳細インタビューが掲載されていないので、おそらく記者氏にうまく誘導されたところもあるのだろうけれど、どうやらその時思ったことを口にしてしまう傾向がある様子だ。2003年4月14日号のAERAには、「プレステ王・久多良木健 ソニー社長への道」という記事もあって、マネジメントに携わる人間としての資質に疑問符が投げかけられたりもしていた。
一方、どこに商売の種があるか嗅ぎ分ける才能は確かで、その才により会社へ莫大な収益をもたらした功績があるのは確か。ちえの和WEBページさん「コンピュータ偉人列伝:久多良木健」では、1999年の時点で既にプレステのライバルとして携帯電話を位置づけている先見の明について紹介されている。
プレステ2開発中の同時期インタビューでは以下のように語っている。
ASCII24.com 「これがプレステ2だ!―SCE久多良木健氏インタビュー―」
エンターテインメントというのは人間の本質であってね、技術とかそういうことで四の五の言ってなくても、たとえば老人力を持ってる年寄りであろうがね、言葉をまだ覚えていない子供であろうが、誰でもダメなものはダメ、受け入れられないものは受け入れられない、受け入れられるものだったら言葉とか人種の壁を超えて受け入れられる。だからエンターテインメントというのは、広く人々にコンビンス(納得させる)するのがいちばん難しいジャンルなんです。(中略)われわれが向かっているのはそのいちばん難しいエンターテインメントなんです。
確かに、ハードを叩くということは、ある種のエンジニアにとってはすごいクリエイティブなことなんだけど、それが目的ではないはずですね。エンターテインメントを最終的に享受する立場から見ればね。だから、われわれがライブラリやツールを作ってサポートしてるのは、ソフトを作っている人がいちばんエラいからです。
とにかく新しい技術、新しいエンターテインメントを創り上げることに興味があるわけ。自分が何をやるじゃないのね。ぼくらはクリエイターじゃないから。そういうことができる環境をどれだけサポートしていけるかというのがぼくらの仕事。
他に、PSXに関する記事中でも以下の通り述べている。
ASAHIパソコン HOT NEWS(2003.9.1)
「【久夛良木健副社長インタビュー】 ソニー復活と家電の未来を読み解く
第3回 注目の新製品「PSX」はこうして生まれた! 」
BBナビゲータやPSXのユーザーインターフェースをデザインする上で、久夛良木氏が絶対に譲れない点としているのが、「リアルタイム性」だ。ゲームでは常識となっている「ユーザーの操作にビジュアルや音声が完全に追従する」ということである。
次世代AV家電が「押した瞬間に動く」ことがユーザーに与える衝撃は、ユーザーが機器を使い込んでいればいるほどハッキリする。ただ、普段から操作性について意識していないと、こうした「手触り」の問題には気が付きにくい。言われて初めて気が付く人も多い。そのため、「押した瞬間に動く」ことを理由にPSXを買う人はあまりいないだろう。しかし、逆はどうだろう?
次世代AV入門機として買ったPSXの操作性に慣れたユーザーが、PSX以前のちょっともたついた操作性に納得できるだろうか。人間は、ちょっとした進歩には気が付きにくいが、ちょっとした悪化にはすぐ気づく。
同時期の別インタビューでも、PSPの前段、PSXの話で以下の通り。
後藤弘茂のWeekly海外ニュース(2003.9.3)
「久夛良木健氏が語る、ポストVHSを狙うPSXのコンセプト」
そうだ。何が違うかというと、操作感。今の家電のDVDレコーダでは、これまでのAV機器のクオリティに達していない。少なくとも僕らの世界にいる人は、マンマシンインターフェイスでは手触り感が重要だとわかっている。(中略) ゲーム機なら当たり前の、戦闘中にメニュー開いてアイテム取り直して、他のプレイヤと話すという、あのスピード感がない。
家電とPSXに関する話では文脈が違うかもしれないけれど、考えのベースを体系的にまとめているのであれば、どれも今回のPSPの問題の本質にリンクする内容の発言で、もう少し冷静な発言ができる筈だったのでは?と思わされる内容。
となると、問題源が全く念頭に無かったわけではないのだから、なぜ失敗の轍を踏んだのかというのは、結構勉強になる部分。ここを「技術屋に商売はできない」という一文で片付けるのはもったいないし、問題の本質を見失っている気もする。過去の大企業の失敗例に対する研究書が幾つか出版されているが、それらを通読すると会社が典型的な失敗に陥りつつあることが分かる。
まずは米マーケティング会社の社長が書いた本。内容の踏み込みが足りない気はするけれど、マーケティングを主眼に、幾つもの実例を元にして失敗を避けるための心構えが著されている。ソニーの最近のブランド戦略の誤りについても示唆に富んだ箇所があり、コンサル会社を「金持ちからむしりとる現代のロビンフッド」と痛烈に切って捨てる1章も痛快だけど、久多良木発言に絡むのは以下のパート。
自社と自社の名声を課題評価して失敗したコダック: AT&T、ゼネラル・モーターズ、IBMと同じように、コダックもまた競争と新しい技術によって困難にぶつかった業界代表企業である。長期にわたる成功の歴史ゆえに、コダックは自社の名声とロゴを過信していた。したいことは何でもできると自惚れていた。
(GMの失敗例に対する)教訓-成功に気をつけろ、それなら何をやっても成功すると勘違いするな: 成功すると傲慢になり、傲慢になると失敗する。自己満足こそ、成功の敵である。必要なのは、客観性である。成功すると、人は客観性を失い、マーケットの求めるものより自分の主観を優先させてしまう。(中略)カスタマーの立場でモノを考える。自分の考えを押し付けない。世の中にはさまざまな考え方があるが、マーケティングで重要なのはカスタマーの考え方だけである。そのことを忘れてはならない。
あくまでもブランド戦略の間違いとして書かれている文章だが、久良多木社長の発言の中心、「仕様」という言葉に対してかなり示唆的な内容となっている。特に発言の①の部分に対応する形で、カスタマーに対する客観性とプレステでの成功を背景にした自己満足の対比では、正に失敗の一つのパターンにはまり込んでいるのが分かる。
同書では、有名なP&Gの歯磨き粉ブランド「クレスト」の成功から失敗への例を引いて、過去の成功の理由を教訓として決して忘れてはならない、「企業の歴史を忘れてはいけない」としている。この点では、過去の歴史が読み物として充実しているSONYホームページの以下の件が皮肉。
第2部 第4章 第1話
「24時間サービス体制」
森園(原文敬称略:放送業務用VTRの開発、販売を陣頭指揮した元副社長、現顧問)は、「売れれば良いというものではない。買った機械が動かなくなって、サービスを受けられなければ、二度と我々の製品は買ってもらえない。信頼してもらえなくなる」という信念を持っていた。
先に挙げた社長の経歴を見ても、ゲーム機開発に時代の先を行く形で携わり、その後華々しい成功を収めたことから、その成功体験と自負が発言の引き金になっているのは確かだろう。そこを踏まえて、以前紹介したことのある次の本を読むと、さらに問題点が浮き彫りとなる。
ビジネス・スクールの教授による本なので、先の本よりも分析的で、いかに失敗を防ぐかという観点でも充実している。今回の件にもピッタリなのが以下の箇所。
企業が成功すると、世間はつい経営者のおかげと思ってしまう。多くのインターネットCEOたちが当初もてはやされた原因の一つは、彼らの成功が会社の成功の原動力とみなされたからである。これは古典的な「帰属の誤解(成功の要因を指導者のおかげと誤解すること)」である。ここに新規事業についての大切な教訓がある。著名CEOやドリーム・チーム経営者をトップに据えたからといって、ビジネスの基本-(中略)本当の顧客に対する目配り(中略)-をおろそかにできるわけではない。
問題は、企業が”ナンバー・ワン”イメージを標榜し始めると、そもそもその企業をその地位に押し上げた資質を失ってしまうことである。向上心を失って、守りに入ってしまうのである。このように視線が内向きになってしまうと、社員が部外者に対する態度がすぐに変わり始める。慇懃無礼になるのである。
自社の使命を過度に過度に思い詰めている企業は、常に”伝道師”になってしまう危険をはらんでいる。顧客のニーズを聞くどころか、顧客にニーズを押しつけがちなのだ。(中略)顧客ニーズを分かっていると思い込むどころか、顧客自身よりもそれをよくわかっている、顧客のほうもいずれ自分たちが勧めるものの素晴らしさがわかるはずだ、と考えるのだ。
これを見ていくと、先に紹介した本同様、発言の①の部分が③へと発展していく様子がよく分かる。成功体験が目を顧客の声へ傾けるべき耳をふさぎ、ついには「伝道師」=「著名建築家」と化す展開。さらに、同書では「失敗するトップの”七つの習慣”」をまとめているので、見てみよう。
その1 自分と会社が市場や環境を支配していると思い込み、環境変化に対応しない
その2 会社と自分を完全に同一視してしまい、公私混同してしまう
その3 自分を全知全能だと勘違いする
その4 自分を100%支持しない人材は排斥する
その5 会社の理想像にとらわれ、会社のスポークスマンになりきろうとする
その6 ビジネス上の大きな障害を過小評価して見くびる
その7 かつての成功体験にしがみつく
情報は限られているので詳細な分析ができないが、その2=発言の②、その3=発言の③他、間接的に当てはまる項目も多い気がする。その後、同書は「ではどうやって失敗を防ぐのか?」というパートに入って行く。
大きな失敗の前の小さな失敗: 企業が失敗する兆候は、鵜の目鷹の目で探し回る必要はない。いかなる”警告サイン”もそうであるが、問題はどこに目を光らせるかだ。メーカーの場合ならば、ちょっとした品質上の問題だ。
経営者の性格に気をつけろ: 経営幹部がもたらす失敗の最も重要な”警告サイン”をもうひとつあげるならば、それは最も正確に定義しにくいもの、つまり性格上の問題であろう。(中略)DO保険を扱うトニー・カルバンは、まさにこの問題に目をつける。「DO責任における経営者の三大悪は強欲、友人びいき、そして否定です。」
(中略)
否定モードに入っているか、それともプロとしての立場を貫こうとしているのかがわかります。アナリストを頭に血が上ると、非常に洗練された人たちでさえ本音を漏らすのを私は何度も目撃してきました。主にAについて話したくてBについては関連してちょっと触れただけなのに、相手はBについて根掘り葉掘り聞いてくる。(中略)CEOがどう怒りの反応を示すかに注目してください。(中略)それがどれだけ相手の意向を無視した怒りの台詞であるかは明らかです。
トップとは大変な立場だなぁと同情の余地もあるけれど、明らかに今回の発言が傾きつつあるソニーの様子を端的に表している。SCEの今回の「失敗の兆候」も、ソニーの社内文化を引いている部分があるのは確かだろう。
「QUALIA――ソニーがソニーであるための力」
ソニー(株)副社長 高篠静雄氏/月刊アスキー編集主幹 遠藤諭 特別対談
開発者の個性がそのまま商品に出た時代: 私自身は、入社以来機械屋なんですよ。昔のアナログのテープレコーダの機械設計とかをやっていました。あの頃ってのは、機械屋は1人、多くても2人。それでキャビネットも全部設計するわけです。それと電気屋さんが1~2人。そのくらいのチームで商品ができていた。ですからもう自分で深く、デザインから商品企画的なところまでやった。最近は分散するじゃないですか、技術があまりにも横に広がりすぎていて。
先の発言の②「僕の作ったもの」は、ここら辺を受けた発言でもある。そして同時に、時代の流れと過去の文化の相克が感じられる部分でもあって、上にも書かれている通り、「分散せざるを得ない」時代に対し、垂直方向のものづくりを維持する社内体制とのずれがソニーの落陽を産んだきっかけであると感づかせられる。
日経BP 専門家の眼(2004.12.13)
「ソニースピリットはよみがえるか 第1回~失われたソニーらしさ」
例えば、デフレが進展する中、水平分散型の開発・製造手法を取りコストメリットを追求する台湾・韓国勢の台頭によって、垂直統合型にこだわり続けたソニーが求心力を失った、というもの。アジア勢の勢いに焦りを感じたソニーの、戦略の混乱を指摘する声もある。
水平分散型とは、半導体やソフトなど製品を構成するレイヤーごとにデファクトスタンダードとなっている汎用の低価格部品を集めて、一つの製品を開発・製造する手法。米インテルのプロセサと米マイクロソフトのOSを使うパソコンはこの典型だ。一方、半導体もソフトも自社製品を採用するゲーム機「プレイステーション 2」などは垂直統合の典型と言える。
「ソニータイマー」の嘲笑が広く流通するようになった通り、まず品質面で会社の体制が素早く変化する市場に追いつくことができなくなった。個人的な経験でも、10年以上前から既にソニー製品の品質(デザインではなく信頼性・耐久性)は決して高くなかったと思う。それでも業績が良かったのは何故か?それは品質の悪さを補うだけの、新しい魅力(デザイン・新技術)を持った商品を次々に市場に打ち出していく開発力があったからで、その開発力が次に時代の流れに追いつけなくなったのが昨今。そして凋落が始まっている。
日経BP 『描ききれぬ成長戦略、「利益率10%」構想の虚と実---ソニー』
従来考えられなかったゲームとエレクトロニクスの融合」 説明に立った副社長の久夛良木健は誇らしげに語った。(中略)だが、機能の具体的な内容が分かるにつれて、徐々に熱が冷めていく。「既にある機能を1台にまとめただけ。何も目新しさがない」(JPモルガン証券の高田裕史)。そこに、かつて「イノベーション企業」と言われたソニーの気概は感じられない。(中略)派手な演出によって、一瞬、新鮮な驚きを感じるが、よく吟味してみると内容は平凡――。PSXは、今のソニーを象徴しているのかもしれない。
「周回遅れ」。会見の席上、ある記者がこう表現すると、出井は気色ばんで否定した。この発言は、リストラの遅れを指摘したものだった。だが、ソニーの「周回遅れ」は、商品開発という心臓部でも起きている。それでもソニーは、競合他社との競争に勝ち抜き、営業利益10%という公約を果たせるのだろうか。「(出井の)構想は壮大だが、実体を見ればそれほど進んだ会社じゃない。ビジョン先行の出井さんと、現場の感覚が乖離している」(若手開発者)、「正直、なぜこんなにイメージがいいのか分からない。世間の見方と現実が違う」(ソニーマーケティング社員)。
ライバルに比して技術開発に力を注ぐことを怠り、先達が築いたブランド・イメージを食いつぶして現在に至る中、過去の歴史に学ぶ必要があるのは確かだろう。「ソニータイマー」の汚名に甘んじていた時代に対して、ソニーの名を高めた源流、ウォークマンにまつわる社史を読めば、改めて品質管理の基盤を再構築する必要性が見えてくる。
第2部 第6章 第1話 「理屈をこねる前にやってみよう」
この、いまだ世界中のどこにも見当たらない製品の第1号機を作り上げるにあたって、大曽根にはどうしてもこれだけは譲れないということがあった。「初めて世に出してコンセプトを問う1号機に、故障があっては絶対に駄目だ。故障が多いと、そのコンセプト自体が否定される」。大曽根は、それまでの種々の経験を通して、そう確信していた。
それに今回は時間も限られていた。盛田も「金型は流用すればよい」と言った。そこで第1号機のメカには、すでに50万台の生産実績のあるカセットテープレコーダー「プレスマン」のメカをそのまま流用した。1号機が変わりばえしなくても、ある程度不格好でもよい、それは続くモデルで挽回できる。だが、故障しやすいというイメージを、1号機で植え付けたら終わりだ。1号機の役割は、何よりも、新しいコンセプトを世に問うことなのだから。
この1号機開発には、技術的な苦労はほとんどなかった。既存の技術を組み合わせて、信頼性を最重視してまとめ上げることにすべての力が注がれた。
先に挙げたような失敗例を踏まえても、今後取るべき方向性ははっきりしている。特に、久良多木社長は先のインタビュー他でマイクロソフト社を批判しているが、その批判対象から学ぶべきところも多い(以下アキバBlogさん経由)。
独FOCUS誌 (1995.10.23) ビル・ゲイツ インタビュー
「マイクロソフトのコードにバグはない (Microsoft が思っている限りでは)」
「ちがうって! ぼくらがリリースしたソフトウエアには、多勢の ユーザが直してほしいと思ってるような重大なバグなんてない。」「ちがうって! もしきみがそれを本当にバグだと思ってるのなら バグを報告すべきだ。もしかすると、 きみは適切に使ってないんじゃないか? このことを考えたことがあるかい? 」「ラッダイト主義者はソフトウエアを適切に使う方法を知らないから、 よく調べなくちゃいけないよ。」
ITプロニュース 日経Windowsプロ (2004.9.29)
『Windows XPに「勝手にパスワード情報を送信する危険性」が見つかる』
この危険性に関して,マイクロソフトのセキュリティ・レスポンス・チームに確認したところ,これはバグではなく,基本的には仕様なのだという。
ここにも登場する便利な言葉、「仕様」!驚くべき一致ではないですか。マイクロソフトが凋落の手前にいるかどうかは別として、その前兆となる「傲慢さ」という観点では恐ろしいほど発言の内容が似通っている。久多良木氏が「彼らのセンスのなさには愕然とするね」と切り捨てたマイクロソフト社の事例を他山の石として学ぶことも多いんじゃないですかね?
Recent Comments